足関節捻挫などの急性軟部組織損傷は、「患部を冷やせ」というRICE処置は一般的です。
しかし、スポーツ科学は進歩しており、現在ではPEACE&LOVEという処置が有効とされるようなってきました。
ここでは「PEACE&LOVE」について解説していきます。
とくにスポーツチームのコーチ、監督、選手の親御さんは概念だけでも知って欲しいため、ぜひお読みください。
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RICEからPEACE & LOVEまでの変遷
急性外傷(軟部組織損傷)とされる足関節捻挫を引き起こした場合は、RICE処置が一般的に行われていました。
しかし、スポーツ科学が進歩したことでRICE処置に対しても疑問をなげかける論文が発表されるようになりました。
そのような背景もあり、RICE⇒PRICE⇒POLICEという変遷をたどり、現在の新しい概念としてPEACE&LOVEが提唱されるようになりました。
では、これらの処置方法を簡単に説明していきます。
RICE
RICEは、以下の方法の頭文字をとったものです。
- Rest(安静)
- Ice(冷却)
- Compression(圧迫)
- Elevation(挙上)
1978年にDr.Gabe Mirikinがアスリートには必須としてRICE処置を提唱しましたが、2014年に自身のホームページ内で「RICE処置は回復を助けるのではなく、遅らせるかもしれない」ということを述べています。
実際、RICE処置を疑問視する論文が多数発表されています。
RICE処置に関して詳しくはこちらをご参考ください
PRICE
RICEに「Protection(保護)」 のPが加わったものです。
出血量を抑えると共に、腫れを予防し悪化するリスクを減らすためにギブスやテーピングなどで固定したり、松葉杖で受傷側を非荷重にして保護します。
安静および保護は受傷後から1~3日は必要とされていますが、痛みの程度によって早期に保護を外し段階的に運動を開始していきます。
POLICE
PRICEから「Rest」が省かれ、「Optimal Loading:OL(適切な負荷)」が追加されました。
安静のデメリットとして、長期間の関節固定は可動域制限が生じることです。
また、非荷重が続くことにより足底や足関節周辺の固有受容器の機能が低下してしまいます。
これらのデメリットにより、競技復帰後のケガの再発、パフォーマンスの低下につながる可能性があります。
このような理由から、なるべく早く荷重をかけた運動を開始していくことが望ましいです。
ただ、適切な負荷は重症度、個人の回復具合など個人差が大きいため、一定の数値や手法を示すことができません。
足関節捻挫などにみられる靭帯損傷はⅠ、Ⅱ度の受傷レべルであれば、固定ではなく運動リハビリを早期に開始したほうが良いとされています。
※靭帯の重症度はⅠ、Ⅱ、Ⅲ度に分類され、Ⅲ度は断裂、Ⅱ度は部分断裂、Ⅰ度は断裂を伴わない
PEACE&LOVE
PEACEは以下の方法の頭文字をとったものです。
- Protection(保護)
- Elevation(挙上)
- Avoid anti-inflammatory modalities(抗炎症剤の使用を避ける)
- Compression(圧迫)
- Education(教育)
LOVEは以下の方法の頭文字をとったものです。
- Loading(負荷)
- Optimism(楽観視)
- Vascularisation(脈管化)
- Exercise(運動)
受傷後にはPEACEを行い、受傷翌日からはLOVEを行っていく方法です。
PEACE&LOVEを詳しく解説
PEACE & LOVEは、British Journal of Sports Medicine(BJSM)で2019年に発表された最も新しい軟部組織損傷の処置に対する概念です。
受傷後の治療としてアイシングがなくなり、「抗炎症剤の使用を避ける」「教育」が新たに加わりました。
アイシングにおいては、科学的根拠が乏しく、鎮痛効果はあるにしても炎症・血管再生のメカニズムにエラーが生じやすく、好中球・マクロファージの浸潤を遅らせたり、筋組織の未成熟を引き起こしたりします。
その結果、組織再生の阻害、コラーゲン合成の遅延につながる可能性が示唆されています。
また、内出血や浮腫によって健全な細胞までダメージを受けることも防ぐためにアイシングは行われていましたが、圧迫、挙上、これから説明するエクササイズ、負荷によってそのダメージも最小限に抑えられると考えられます。
抗炎症剤をさける
抗炎症剤は、病院の痛み止め薬としてもよく処方されるロキソニン、ボルダレンなどです。
抗炎症薬は、長期的な組織治癒に有害である可能性が示唆されています。
また、炎症は最適な軟部組織再生に必要と言うことが研究でわかりました。
炎症は、外傷後に48~72時間継続すると言われ「発赤、熱感、疼痛、腫脹(腫れ)機能障害」の5徴候がみられます。この徴候は損傷した部位を修復するために血流量を増加させ、免疫系のマクロファージが送り込まれIGF-1(インスリン様成長因子)を放出します。また、この炎症過程において発痛物質も生成されるため痛みを誘発します。
このときに放出されるIGF-1は、組織修復に必須であることがわかりました。(参考論文:https://www.eurekalert.org/pub_releases/2010-10/foas-ssd100410.php)
抗炎症剤は痛みの抑制には有効ですが、組織の修復を阻害します。
また、高用量の抗炎症剤の投与は組織治癒に悪影響を及ぼしかねないため、使用しないことを推奨しています。
教育
セラピスト(軟部組織損傷を処置する人)は、患者に対して積極的に能動的治療(固有受容器トレーニング、負荷をかけたエクササイズなど)を行うことで得られるメリットを教育する必要があります。
電気治療、手技療法、鍼治療などは短期的な効果はみられますが、長期的には逆効果になり得るとされています。
その理由として固定を必要としたセラピストに対する依存が生じ、結果として症状改善の遅れにつながることが報告されています。
そのため、セラピストに依存させるのではなく、病態(炎症、修復過程の生理学的な期間など)回復までのマネジメント、負荷のかけ方、エクササイズを早めに始める有効性などを教育します。
そして、過剰な医療を避けることが有用とされています。
情報過多で最新テクノロジーを駆使した治療方法もありますが、魔法のような治療方法はなく現実的な回復期間を設定することを推奨しています。
LOVE
受傷日の初日が過ぎれば、軟部組織にはLOVEが必要とされています。
LOVEをもう一度おさらいすると
- Loading(負荷)
- Optimism(楽観視)
- Vascularisation(脈管化)
- Exercise(運動)
このLOVEが早期に競技復帰するには、とても重要な要素になります。
Loading(負荷)
軟部組織損傷を含めた筋骨格系の障害は、運動による積極的なアプローチが患者にとってメリットがあります。
そのため、症状に応じてなるべく早く運動を開始することが推奨されています。
機械的ストレスを早期に追加する必要があり、通常の活動をなるべく早く再開します。痛みを悪化させない最適な負荷は、メカノトランスダクションを介して腱、筋肉、および靭帯の修復、再構築、および組織耐性と能力の構築を促進します。
メカノトランスダクションは、負荷がかかることによる細胞応答の過程を指し、細胞レベルで組織修復、再構築、耐性能力などの構築を促進できることが報告されています。
負荷のかけかたとして、まず非荷重でのストレッチ、運動を行い、荷重がかけられるようであれば受傷側に体重を乗せていきます。
荷重をかける場合は、負荷の選択としてプール、座位で体重をかける、立位など段階的な工夫が必要になるかもしれません。
Optimism(楽観視)
心理面(うつ、恐怖心など)は回復を阻害する要因とされています。
そのため、悲観主義の患者は、良くないアウトカムと予後不良に関連するという研究報告があります。
筋骨格系の障害に関係ないように思われるかもしれませんが、脳はリハビリに重要な役割を果たしています。(足関節捻挫を起因としてCRPS【complex regional pain syndrome:複合性局在疼痛症候群】を引き起こすこともあります)
CRPSを簡単に説明すると組織に異常がないにもかかわらず、脳の痛みを受け取る神経ネットワークエラーが関与し痛みが継続している状態です。
このような病態に移行しないためにも、早めに痛みを抑えていくことも重要であり、楽観主義を患者に推奨し最適な回復を促す必要があります。
楽観主義を適切に伝えるためには、一人ひとりの性格や受け取り方も考える必要があり、セラピストのコミュニケーション能力はとても重要と言えます。
Vascularisation(脈管化)
心血管系に作用する身体活動(心肺機能を高める運動)は、筋骨格損傷においてマネジメントの基礎となります。
痛みのない範囲の心肺機能を高める運動は、回復までのモチベーションを高め、負傷した組織への血流を増加させるために損傷の数日後に開始されるべきとされています。
早期の活動開始と有酸素運動は、機能や身体の状態を改善させ、鎮痛薬の必要性を減らすことができます。
歩行での荷重に痛みがあるのであれば、バイク、もしくはプールでの歩行、スイミングなどが有効です。
Exercise(運動)
足関節捻挫の治療やけがの再発率を減少させるための運動(固有受容器トレーニング、筋力トレーニングなど)を支持するエビテンスレベルの高い報告があります。
これは受傷後から早期に動きや筋力および固有感覚を回復するのに役立ちます。
ただ、亜急性期の最適な回復を確保するために痛みを避ける必要があります。
また、痛みは運動の強度を上げていく指標になり、痛みのない範囲で運動は行う必要があります。
軟部組織の修復だけを考えれば、安静や抗炎症剤の服薬でも十分回復します。
しかし、軟部組織の損傷はその周辺の機能(筋力、感覚受容器、関節機能など)の低下も伴うため、それらを回復させるためにはセラピストの治療だけではなく患者自身の運動が重要です。
足関節捻挫、肉離れなどすべての軟部組織のLOVEが必要とされています。また、臨床家はPEACEを念頭において治療にあたることが推奨されます。
PEACE&LOVEをふまえて柔軟に対応
PEACE&LOVEの概念は、個人的な意見として柔軟性かつ専門知識が必要になると思います。
アイシング、抗炎症剤などの中止は推奨されていますが、これもケースバイケースで痛みが強く我慢ができなければ、無理に止める必要もありません。
また、受傷直後で腫れがひどいようであれば、アイシングによって健全な細胞へのダメージを最小限に食い止めることもできます。
リハビリおいても非荷重もしくは荷重から開始するのか?テーピングを利用して動きを入れていくのか?などより柔軟にリハビリプログラムを設定していくことが大切になります。
このように症状や状況によって柔軟に対応を変える必要があるため、なるべく専門家に相談するようにしましょう。
カイロプラクテイック心では、外傷による競技復帰をサポートする感覚エクササイズを提供しています。
選手、指導者、親御さんへ
スポーツ科学は、日々進歩しています。
今もなお、足関節の捻挫は甘くみられている傾向ですが、無理にスポーツを継続しても長引く、もしくはパフォーマンスが上がらないことのほうが多いです。
受傷後からの運動は推奨されていますが、無理して動かせという意味ではありません。
また、ガチガチの固定で動かしても関節の可動域、および固有受容器の機能は低下したままです。
そのため、痛みのない範囲で適切な手順でリハビリを行うと共に神経系のトレーニング(とくに固有受容器)を行っていくことが、ここで言われている運動であり、負荷をかけていくことです。
「一日休めば元に戻すのに3日かかる」という言葉もあり、休ませない指導者、親御さん、焦る選手もいるようですが、最高のパフォーマンスを発揮できない状態で無理やり練習しても何も変わりません。
しっかりとリハビリに励んだ方が長期的に見ればパフォーマンスは上がります。
選手はリハビリもパフォーマンスを上げる練習の一環としてできる環境を作ってあげることが、楽観的主義をもたせてあげることができるのではないでしょうか。
相談できる専門家が身近にいない場合でも、PEACE&LOVEをできる範囲で実践してください。
投稿者プロフィール
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伊勢市小俣町でカイロプラクターをしています。
病院では異常が見当たらず、どこに行っても良くならなかった方が体調を回復できるようサポートします。
機能神経学をベースに中枢神経の可塑性を利用したアプローチで発達障害、自律神経症状、不定愁訴にも対応しています。
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