肉離れは、筋肉が過剰に伸長されたときに生じる筋肉損傷です。
また、全ての急性スポーツ外傷の10~55%を占めるという報告もあり、頻繁に損傷を受ける筋肉および筋肉群は、ハムストリング、大腿直筋、腓腹筋内側頭になります。(参考文献:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26535183/)
ここでは、再発率の高いハムストリングの肉離れについて対処法から再発予防法まで解説していきます。
ハムストリングの肉離れに限らず、自己判断によって競技復帰することで再発を繰り返し、結果として競技の継続が困難になるケースも少なくなるため、そのような選手が1人でも減ることを願います。
ハムストリングの肉離れ基礎知識
ハムストリングスの肉離れは、アスリートのスポーツ外傷で多く見られるだけではなく、再傷害率は 22~34% にも上ると報告されています。参考文献:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22666648/)
そして、再発を繰り返すことによって初回のハムストリングの肉離れよりも競技復帰まで多くの時間を要することが示されています。
このようなことから、肉離れの発生機序、危険因子、リハビリ方法など医師だけではなく競技関係者(選手、監督、家族など)も理解しておくことも大事と考えられます。
なぜなら、理解不足により無理な練習を続行してしまうと再発リスクを高め選手生命すら奪いかねないからです。
障害のメカニズム
ハムストリングの肉離れは、「オーバーストレッチ」「過度の収縮(伸長収縮のとき)」の2つの障害メカニズムがあります。
オーバーストレッチ
オーバーストレッチは、過剰にストレッチをした状態を示します。
ハムストリングは2つの関節をまたぐ筋肉であり、股関節の屈曲と膝関節の伸展(空手の上段前蹴りの状態)が最もストレッチされる肢位となります。
そのため、このような肢位をとるスポーツに多いです。
例えば、ダンス(脚を前蹴りのように高く上げる)でみられやすく、スリップしたとき(脚の前後開脚のような状態となる)にみられやすいと考えられます。
オーバーストレッチによるハムストリングの肉離れの好発部位は、半腱半膜様筋(内側ハムストリング)とされ、過度の収縮による肉離れよりも回復に時間がかかるケースが多いとされています。
過度の伸張性収縮
ハムストリングの伸張性収縮を簡単に説明すると、立位時に膝を曲げてからゆっくりと膝を伸ばしていくときにハムストリングは伸張されながら力を発揮する収縮様式です。
この伸張性収縮が働かないと膝をゆっくりと伸ばすことができず、さらには繊細な体のコントロールができません。
そのため、体をコントロールするために伸張性収縮は必要であることから1回の伸張性収縮で肉離れが起きるのではなく、反復された伸長収縮により筋肉が負荷に耐えられずに損傷を引き起こしていると考えられています。
とくにスプリント中に足裏が接地する前にハムストリングの伸張性収縮により膝下を減速させてコントロールする必要があり、このときにハムストリングに大きなストレスが加わることは研究でも実証されています。
伸張性収縮によるハムストリングの肉離れの好発部位は、大腿二頭筋(外側ハムストリング)の筋腱移行部とされています。
危険因子
以下のような身体的な問題がみられると、ハムストリングの肉離れを引き起こしやすいことが研究で示唆されています。
- 柔軟性の低下
- 筋力不足
- 筋肉疲労
- 体幹の安定性の悪さ
- 適切なウォームアップの欠如
- 腰椎のアライメント(過剰な前弯)
筋力不足においては、大腿四頭筋(太もも前の筋肉)とハムストリングの筋力比が大きい(大腿四頭筋の筋力と比べ相対的にハムストリングの筋力不足)ことが危険因子と示唆された報告もあります(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10236836/)
体幹の安定性の悪さ及び腰椎のアライメントについては後述しますが、これらの問題は過剰にハムストリングが伸張される危険因子となります。
最も再発リスクの高い危険因子は、過去のハムストリングの肉離れであり、再発リスクを2~6倍に増加させることが示されています。
症状
スポーツのプレー中にハムストリングに発症し、プレー続行が困難となるケースは肉離れが疑われます。
また、痛めた側に体重をかけると痛みが生じ、股関節と膝関節の屈曲を避けるため、脚を固めたような歩行になる傾向があります。
他の所見としては以下のことがみられます。
- ストレッチでの痛み
- 筋収縮での痛み(膝の屈曲、股関節の伸展)
- 圧痛(患部を押したときの痛み)
- 内出血
- 患部の凹凸(中等度から重度の場合)
分類
ハムストリングの肉離れは、重症度によって分類されます。
- グレードⅠ:軽度(腱・筋膜に損傷がなく、軽度の痛みと腫れ、筋肉内に出血を認める)
- グレードⅡ:中等度(筋腱移行部の損傷を認められ、痛みや腫れ、筋肉内の出血を認める)
- グレードⅢ:重度(腱の完全断裂または付着部裂離が認められ、強い痛み、腫れがみられる)
グレードⅡはMRIにて筋腱移行部が修復されているかの確認後に競技復帰することが望ましく、この判断を間違うと再発リスクは高くなります。
また、グレードⅢは手術が必要なケースもあり、速やかなMRI診断が必要です。
グレードによって以下のように回復期間も異なります。
- グレードⅠ:1~6週
- グレードⅡ:3~12週
- グレードⅢ:4~16週
診断
ハムストリングの肉離れは、重症度によって回復期や対処法が異なるため、病院での診断は重要です。
まれに自己判断で競技復帰や整骨院だけの治療を受けるケースもありますが、病院の診断によりグレードを鑑別しておくことが再発リスクを抑える1つの方法となります。
診断は主症状、超音波検査、MRIで確定診断が行われます。
鑑別診断
ハムストリングの肉離れと鑑別すべき疾患は主に以下のとおりです。
- 腰仙椎間関節症候群
- 慢性坐骨神経痛症状
- 腰仙部神経根症
- 梨状筋症候群
- 仙腸関節損傷
- 下殿動脈瘤または上殿動脈瘤による坐骨神経圧迫
- 深部静脈血栓症
- ベイカー嚢胞破裂
- 膝半月板損傷
- 腓腹筋近位部損傷
- 膝窩筋損傷
病院での治療
グレード I および II は、一般的に、安静、アイシング、NSAID および鎮痛剤などの非外科的治療が中心となります。
そして、痛みの程度によってストレッチ、エクササイズ、姿勢制御(腰椎のミスアライメント、骨盤の不安定性など)などのリハビリが行われます。
※リハビリ施設のない病院では行われない可能性もあります。
グレードⅢは、手術が推奨されています。
リハビリ
リハビリは、主に病院に所属する理学療法士によって行われることが多いです。
そして、疼痛のコントロールを行いながら、段階的にストレッチ、エクササイズ、関節の機能回復など行っていきます。
一般的には、収縮痛、伸長痛の消失段階でストレッチやエクササイズを開始します。
エクササイズも段階的にアイソメトリック(等尺性収縮)から開始し、痛む動作に合わせて収縮させるポジション、手法をかえて最終的に伸張性収縮のエクササイズに変更していきます。
軽いランニングの開始目安として伸長痛の消失、片足スクワットの痛み消失、体幹の機能回復などが基準とされ、段階的にアジリティートレーニング、スプリントに移行されます。
そして、「直線のスプリントでの違和感、痛みなし」「柔軟性及び筋機能の左右差なし」を基準として競技に復帰していくことが理想とされています。
引用元:スポーツリハビリテーションの臨床
ハムストリングの肉離れはなぜ再発が多い?
一流のアスリートでも悩まされるハムストリングの肉離れは、確立された治療方法がないです。
さらには、独自の判断や知識のないセラピストおよびトレーナーの指示によって、最適なリハビリを受けられず最悪は再発させてしまうこともあります。
そのため、一人ひとりに合わせた競技復帰のためのプログラムが必要と考えられます。
中枢神経系の問題
リハビリでは姿勢制御のトレーニングも重要ですが、単純に体幹トレーニング、骨の歪みを改善するような施術で解決しません。
最近では中枢神経系を介した姿勢制御システムへの重要性は、研究でも示唆されています。
また、ランニング中に引き起こされるリスクがあることから、運動制御(モーターコントロール)も踏まえたエクササイズも必要となります。
これらの運動制御や姿勢制御のリハビリするための評価が不十分であることも考えられます。
臨床的に病院で治療効果がみられなかったスポーツ選手をみることは多いですが、これらの姿勢制御や運動制御まで考えられたリハビリを行っていた選手はほとんどいません。
もちろん、姿勢制御や運動制御まで評価せずとも競技復帰できる選手もおり、必ずしも必要ではありませんが、一定数はこれらの問題により再発を繰り返している可能性があります。
カイロプラクティック心の対処法と再発予防
ハムストリングの肉離れは筋肉の損傷であり、急性期は筋肉の治癒を優先する必要があります。
そのため、病院で急性期治療を受けることが経済的です(保険適用の治療のため)
ただ、リハビリ施設のない病院、スポーツ競技復帰に向けたリハビリが行われないケースは、段階的なストレッチ、エクササイズなどを指導させていただきます。
カイロプラクティック心の役割としては、ハムストリングの肉離れの再発予防と考えています。
理由としては、脳機能の評価、アプローチを臨床でも取り入れており、中枢神経系を介した姿勢制御システムおよび運動制御システムにもアプローチ可能だからです。
中枢神経系から考えるハムストリングの柔軟性獲得
大脳皮質にも領域によって役割があり、左右の大脳皮質のアンバランスによってハムストリングの柔軟性が低下するケースがあります。
このようなケースにおいては、血圧や心拍数、手汗の量など自律神経系の所見にも左右差がみられます。
大脳皮質以外では前庭系(とくに耳石系)は、下肢の筋緊張にも影響を与えています。
このようにハムストリングの柔軟性を獲得するだけでも、中枢神経系が関わっています。
アプローチ方法
大脳皮質の左右差を改善させるアプローチ方法は、多くありますが一人ひとりに合わせる必要があります。
例えば、筋の緊張度に左右差がある場合、「光」「匂い」「音」「特定の眼球運動」「関節運動」などの刺激によって改善されるかを観察し、改善される手法を行っていきます。
また、カイロプラクティックアジャストメントも筋肉や関節への刺激となり、大脳皮質の左右差を改善させるアプローチ法の1つとなります。
耳石へのアプローチにおいても頭位の位置も重要であり、まず胸部や頸部などのカイロプラクティック施術によるアライメント修正も大切となります。
最終的には競技復帰が目標となるため、立位での耳石系の左右差を改善させるエクササイズ(バランスボード、サイドステップ、バランスボールなど)を行うことも重要です。
神経系から考える筋力向上
詳しい筋収縮のメカニズムは割愛しますが、「筋肉のアンバランス」「筋肉の滑走性不全」などによって筋力が十分に発揮できていないケースがあります。
とくにスポーツでは体への負荷が大きく、競技の特異性によって筋肉のアンバランスも生じやすいです。
カイロプラクティック心では、筋力テストを行い適切な力が発揮できるようアプローチしていきます。
ここでの筋力テストは重量がどれだけ持てるかを評価するのではなく、伸張反射(神経系の反射)で適切に筋力が働くかを評価します。
アプローチ方法
筋力が正常に働かない原因も多くありますが、基本的には拮抗筋の短縮、共同収縮する筋肉の滑走性の低下(ハムストリングでは半腱半膜様筋、大腿二頭筋長頭の隣接する部分)が起因しています。
そのため、問題と考えられる筋肉への筋伸長テクニック、アクティブリリーステクニックなどを行います。
とくに損傷した部位の回復後(グレードⅡでは6~8週間後)は、これらの問題がみられるケース多いです。
姿勢制御システム
姿勢は筋骨格系だけで決定されるものではないため、筋トレ、ストレッチ、整体施術など筋骨格系へのアプローチだけでは不十分です。
中枢神経系を介した姿勢制御システムは、体性感覚、視覚、前庭系などの感覚情報をもとに脳が処理して環境や状況に合わせて適切に姿勢をコントロールします。
例えば、上り坂では自然と足首の角度をコントロールして立つことができます。
スポーツだけではなく家事や仕事など人は日常生活を送るために多くのタスクをこなす必要があり、逐一意識的に姿勢を考えてその環境に合わせた姿勢をとることは不可能であり、無意識でもその状況に合わせた姿勢コントロールできることが大切になります。
そのために体性感覚、視覚、前庭系などの感覚情報は重要となり、とくにハムストリングの肉離れでは、損傷部位の体性感覚の低下がみられやすいです。
他には反り腰(腰椎の過前弯、骨盤の前傾)が問題となるケースも多くみられます。
反り腰も体幹トレーニングを取り入れがちですが、体幹部も本来は中枢神経系が働く必要があり、呼吸機能の低下が起因していることも多々あります。
姿勢制御についてはこちらもご参考ください。
アプローチ方法
トレーニングやストレッチを開始する前にも、どの程度の伸長感や収縮感があるかは確認しておくべきです。
とくにケガした側は、健側と比較して収縮感がなくなっていることがあります(例えば、膝を曲げたときにハムストリングを使っている感覚がない)
他にも振動感覚、識別感覚なども低下していることがあり、問題に合わせて体性感覚を刺激する必要があります。
視覚はビジョントレーニング、前庭系は頭位を動かすようなエクササイズ(ローリング、前庭動眼反射など)を評価に合わせて行います。
反り腰、骨盤前傾位へのアプローチ
反り腰がみられる場合、仰向けでリラックスすべき状態でも腰部が過剰に緊張します。
もちろん、施術で緊張している筋肉を緩和させることも初めのアプローチとしては有効ですが、反り腰ではない姿勢を再学習させる必要があります。
そのために過度に緊張している筋群の抑制(ストレッチ)および日常的に抑制されている筋群の活性化(エクササイズ)を初期に行います。
そして、運動でも制御できるように安静時(寝ている姿勢、立位の姿勢)でコントロールできることが重要です。
運動制御
ハムストリングの肉離れのランニング中の問題として、骨盤の過前傾および反り腰が挙げられています。
しかし、明日から骨盤を後傾してランニングすることは不可能です。
そのため、ハムストリングの肉離れのリハビリ初期に行う等尺性収縮のエクササイズの段階で、骨盤後傾をつくるエクササイズを導入することが大切です。
そうすることで、その後のエクササイズでも骨盤後傾かつ手足の動きを伴った動作学習がスムーズに進みます。
また、競技特性によってはスプリントだけではなく、切り返し動作、認知判断を加えたダブルタスクなどでも運動をコントロールさせる必要があります。
アプローチ方法
姿勢制御で骨盤後傾位及び反り腰ではなき姿勢を学習後に、その姿勢でも動けるよう段階的にエクササイズを進めていきます。
例として、寝た姿勢で骨盤後傾位で手足を動かし、座位、立位でも行えるようにしていきます。
また、ハムストリングの等尺性収縮と骨盤後傾を合わせたエクササイズを組み合わせていくことで、効率的に競技復帰までのエクササイズを進めていくことが出来ます。
もちろん、この段階では受傷後で痛めるリスクもあるため、痛みのない動きを伸長に選択しながら進める必要があります。
アプローチ方法に個人差はありますが、最終的には骨盤後傾位の姿勢をコントロールできるようにし、より競技に近づけたトレーニングに取り組めるようにサポートしていきます。
例えば、サッカーではスプリントを行いながらも周りの状況を把握する必要があるため、周辺視野のビジョントレーニングをしつつバランストレーニング(姿勢制御エクササイズ)を行うこともあります。
姿勢制御も含めて中枢神経系のエクササイズはこちらもご参考ください。
ハムストリングの肉離れは予防も大事
ハムストリングの肉離れは、再発リスクも高く痛みが無くなれば、競技復帰できるワケではありません。
例え痛みが無くなっても柔軟性に左右差があったり、受傷側のバランス感覚わるかったりするなど、痛みに現れない問題がみられることで再発リスクが高まります。
そのため、まずは自己判断で治療を受けない、競技に復帰することは止めた方が良いです。
早く競技に復帰したい気持ちはわかりますが、予防まで行うことでケガのリスクも抑え、パフォーマンス向上まで期待できます。
ハムストリングの肉離れの予防方法がわからない人は、ぜひご相談ください。
参考文献
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8856841/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30356646/
投稿者プロフィール
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伊勢市小俣町でカイロプラクターをしています。
病院では異常が見当たらず、どこに行っても良くならなかった方が体調を回復できるようサポートします。
機能神経学をベースに中枢神経の可塑性を利用したアプローチで発達障害、自律神経症状、不定愁訴にも対応しています。
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