産後の骨盤矯正は、一般的にも知られるようになりました。
しかし、産後に骨盤矯正は必要なのでしょうか?
結論から言えば、産後に骨盤矯正を受ける必要性はありません。
なぜなら、産後の骨盤矯正に医学的な根拠がなく、さらにはビジネス化された骨盤矯正グッズや整骨院、整体での骨盤矯正は質の低いものが多いからです。
猫背矯正や骨盤矯正の効果やEMSの説明にもマニュアルがあり文言も決まっているが、自分なら納得いかない説明ばかり。
自分が治療受けるなら個人院での治療を選ぶ。— しゅうと (@HP2QoYK2NUgvoAL) August 4, 2020
産後の不調や体型が戻らない原因は、骨盤の歪みではなく他にもあります。
産後ケアの考え方はこちらをご参考ください
ここでは、骨盤について示された科学的根拠をもとに産後の骨盤矯正が特別に必要ではないことを解説しています。
産後の骨盤矯正が不要な理由
「産後は骨盤が歪むから矯正しましょう」という言葉は脅し文句でしかありません。
また、正しい知識をもって骨盤について語るならまだ良いですが、多くの整体院・整骨院では骨盤の歪みがほとんどの痛みや症状の原因かのように宣伝します。
そして、「足の長さがちがうから骨盤が歪んでます」「骨盤が○○cmズレています」など非科学的なことを平気で言えることが問題です。
「脚の長さが違う=骨盤の歪み」ではない
足の長さに左右差はあるほうが自然です。
ある研究では5~17歳までの1446人をレントゲン撮影したところ80%に0.16センチの差異がみられ、3.4%に1.3センチの差異が認められたそうです。
別の研究では、小学生に75%、高校生に92%に測定可能な脚長差がみられたそうです。
脚の長さをみるのは、カイロプラクティックの検査法の1つですが、まず脚の長さに違いは骨盤の歪みだけをみているのではありません。
そして、脚の長さの違いを重要視するカイロプラクターは現在はほとんどいないです。
また、骨盤以外の要素もあるため、少し脚をずらすだけでも左右の脚の短さが変ってしまいます。
そのため、画像で脚長差を測定しない限り検査側の主観がはいるため、脚の長さに違いは発生します。
脚の長さの測定法につての文献⇒https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2628227/
これらのことから、「脚の長さの違い=骨盤の歪み」ではなく、気にする必要もありません。
○○cmも骨盤が歪むことはない
よく聞くのは「骨盤が○〇cmズレてます」「骨盤が開いています」などです。
個人的に聞いた話ですが「10cmズレてます」「骨盤が歪み過ぎて将来歩けなくなりますよ」などかなり酷いことを平気で言うところもあります。
まず、冷静に考えて数cm単位でズレたら骨折です。
また、どのような状態を骨盤が開くとしているのか全く分かりません。
骨盤(仙腸関節)は、大きく動いて2mm程度です。
骨盤が数mmしか動かない科学的根拠
Kisslingらの研究では、前屈時(回転2.1~1.7°と並進0.9~0.7mm)後屈時(回転1.8°と並進0.5~0.9mm)片脚立位(回転1.7~2.2°と並進0.7~1.3mm)と報告されています。
また、6°の回転と2mmの並進がみられる場合は、病理的学的仙腸関節運動が推定されると記されています。
わかりやすく言えば、2mm未満の歪みは誰にでも起こりますが、それ以上の動きは病的で骨盤矯正でどうなるものではありません。
最新の3D-MRIを用いた研究では、仙腸関節の接地面と寛骨(仙骨を挟む左右の骨)に優位な非対称性がみられ、健常者と腰痛群と比較した場合、優位な相違はみられませんでした。(可動範囲は1.45°~4.19°内でした)
骨盤の歪みは2mmの範囲内ではおこりますが、それ以上の歪みは外科的(手術)処置が必要と考えられ、通常の分娩が行われた場合はこの研究の数値内と言えます。「数センチずれてる」「脚の長さが違うから骨盤が歪んでます」はビジネストークとしか言えず、そのような治療院での施術はおススメできません。
骨盤が開くことはない
骨盤矯正を行う整骨院、整体などでは「骨盤が開く」と表現し、それが症状の原因としています。
私は「骨盤が開く」という意味がわかりません。
なぜなら、先に解説したように骨盤の動きは数ミリであり、医学的にも骨盤が開くという定義はないからです。
わずかに動く仙腸関節および恥骨結合が離れることを「骨盤が開く」と定義するのであれば、多少は骨盤の開きはあるかもしれませんが心配するようなものではありません。
産前産後はホルモンの影響で恥骨結合の開きが確認されることもありますが、その場合は相当の激痛を伴うそうです。
骨盤が開くという言葉の悪影響
「骨盤が開いている感じがする」と一般の人でも言われますが「なぜ骨盤が開いていると思いますか?」と聞くとほとんどの方が「なんとなく」と回答し、数人は「寝た感じがおかしい」「座っていても落ち着かない」など産後と産前の違いを教えてくれます。
このようにほとんど自覚症状がないにも関わらず、骨盤の開きを気にしてしまうのは産後の骨盤矯正を受けさせるための脅し文句が一般的に浸透してしまった結果ではないでしょうか。
骨盤矯正に医学的根拠はない
医師、医療従事者は、骨盤矯正のモラルの無さを嘆いています。
【(リ)コンディショニングメモ】
#29 「骨盤矯正って何ですか?」 https://t.co/yJOlVVUmUj
— Nishi,PT,CSCS (@PT_Nishi) 2018年7月6日
モラルなき骨盤歪み治療界隈。
産後の骨盤の歪み問題、ここまで歪んだら普通死んじゃうよ〜!! https://t.co/wqFZMGi2kZ
— 桑満おさむ (@kuwamitsuosamu) 2018年7月3日
「骨盤矯正」は現在ビジネス化されており、多くの治療院で取り入れていますが、正しい知識と技術をもった治療院は少く、浅い知識でカイロプラクティックの技術を導入してしまい、それが怪しげな骨盤矯正として広まったように思います。
骨盤矯正篇
腰痛→骨盤ズレてますね
肩こり→骨盤のずれの影響です
足捻挫→骨盤のズレでバランス崩したんでしょう
手の腱鞘炎→骨盤がズレたから負担がかかったんでしょう— タム@痛み専門ブロガー。Know pain,no pain (@tam_lbp) December 28, 2019
また、産後の骨盤矯正に関わらず、何でもかんでも骨盤のズレが原因とする徴候もあり、業界の闇と表現されても仕方がありません。
骨盤矯正は女性が興味のあるトピックであり、商売的には宣伝することで利益が生まれます。骨盤矯正を受けるのは個人の自由ですが、もし「産後に腰痛や肩こりなどの症状が骨盤の歪みのせい?」と考えているのであれば、骨盤矯正で改善されない可能性もあり、大切な育児の時間を無駄にする可能性があります。
インナーマッスルを鍛えなくても骨盤は歪まない
産後にインナーマッスルが衰えることで「骨盤の歪み」「代謝が下がることで体重が落ちない」「腰痛になりやすい」と世間的に言われています。
確かに腰痛の研究でインナーマッスルと呼ばれる深層の筋肉を刺激するエクササイズによって、腰痛が改善されたという報告はあります。(参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4395677/)
そのため、整体、整骨院業界だけではなくヨガ、フィットネス業界なども骨盤について指導し、整骨院では「楽にインナーマッスルを鍛える」と称してEMS(Electrical Muscle Stimulation:高周波機器)を多く導入しています。
しかし、骨盤の歪むという理論が問題視されいる現状で、インナーマッスルを鍛えると称するEMSに効果はあるのでしょうか。
EMS篇
腰痛→体幹をこの電気で鍛えれば予防できる
肩こり→体幹が弱いからこの電気でry
足捻挫→体幹がry
自律神経失調症→この電気で電気くすぐったいから苦手?それが筋膜の癒着です。 https://t.co/YNdI9WvqaR
— タム@痛み専門ブロガー。Know pain,no pain (@tam_lbp) December 28, 2019
EMS30回の結果は?! 全く変わらなかったです。 やる前と30回終わった後の腰痛もほとんど変わりませんでした。 まぁそんなもんですよ! これで30回で10万円は痛いです。 僕は10年間治療家としてやってきましたが、この治療を販売しようとは思えない。
引用元:接骨院開業奮闘記
このように同じ治療家でも否定的な意見が多くみられます。
また、一般の人でも効果の無さを嘆いたブログが書かれています。
インナーマッスルが鍛えられれば、正しい姿勢で立つことができて、猫背が治り、肩こりが楽になるのではと期待しました。 しかし、自分の中で何かが変わり始めている、といった感触は全く得られませんでした。
ぽっこりお腹も変化したように思えず、ダイエット効果も実感できません。
ミトコンドリア活性化により体力が向上した感覚もない。
私の5万円、返してほしい。。。
「まだ回数が少ないのかもしれません。10回で効果が出る人もいますが、30〜45回やれば効果が出るかもしれません」
やばい、「楽トレ」をやっていると金がどんどんなくなっていく!
私は危険を感じ、撤退を決めました。
筋肉の正常な活動は、脳と筋肉の相互作用です。
EMSのように電気で筋肉を収縮させても鍛えられるかもしれませんが、脳を介した筋肉を動かす指令系統が機能させることはできないため、腰痛予防や肩こり予防にはなりません。
骨盤は今まで説明してきたように大きく歪むことはなく、代謝を上げたいのであればインナーマッスルのような小さい筋肉ではなくお尻や太ももなど大きな筋肉を鍛えた方が代謝は上がります。
インナーマッスルだけを鍛えることは難しい
野球界でウエイトトレーニングや栄養学を取り入れているダルビッシュ有投手は、科学的根拠のないインナーマッスルについて疑問をもっています。
いつも思うのだけど「インナーマッスルを鍛えましょう」だの「インナーマッスルを鍛えておけば怪我は予防できる」とか言っている人はどこの筋肉をインナーマッスルだと言っているんですかね?
— ダルビッシュ有(Yu Darvish) (@faridyu) October 17, 2016
最近ではスポーツ選手が「シックスパックを作る」という電気治療器のCMに出演していることもありますが、彼らはしっかりとウエイトトレーニング、競技のトレーニングを積んでいます。
電気治療器だけで、トレーニングを終わらせる選手は誰一人としていません。
EMSだけでインナーマッスルのトレーニング効果はないと考えてよいでしょう。
ただ、筋収縮によって筋肉は肥大するため、見た目のシェイプアップのみでよければ効果は期待できます。しかし、個人的には先にも解説したように自分で運動したほうが健康に寄与する効果は大きく、おすすめはしません。
産後のダイエットについて詳しくはこちらをご参考ください
骨盤矯正にメリットはない?
産後に症状もない場合、無意味に骨盤矯正を行うお店へいってもメリットはほとんどありません。
「骨盤が10cm歪む」「骨盤の歪みが将来、痛みの原因になる」など不要な情報は、周りの友人、知人に拡散したり、今後起こり得る痛みが骨盤の歪みのせいと思い込んでしまったりするデメリットにもなります。
唯一のメリットと考えられるのは、育児は孤独であることもあります。
旦那さんは仕事が忙しい、親元から遠く離れた所に住む、友人も普段は仕事でなかなか会えないなどこどもと向き合う時間が長くなります。
また、今まで職場で複数の人と出会うことが当たり前の生活が、家の中で育児をする今までにない環境での生活が始まります。
このような状況では、メリットがない骨盤矯正であっても他人と合うことが気晴らしになったり、化粧や服装を気にする適度な緊張感につながったりすることで精神的な癒しに繋がることも考えられます。
骨盤矯正にメリットがないことを知ったうえでリラクゼーション感覚で受けに行くのであれば、どこに行っても問題はないでしょう。
仙腸関節(骨盤部)治療の効果はない?
骨盤をつくる仙腸関節は、先に解説しましたが2mm程度の可動性がある関節です。
仙腸関節障害という病態もあり、下肢痛および臀部痛を有する腰痛患者の10~30%は仙腸関節障害をもっていると言われています。
そのため、仙腸関節を正しい知識でアプローチすることは重要であり、以下のような研究報告があります。
【仙腸関節の治療】https://t.co/4q6ImEZKrR
PTでは15人中3人(20%)
徒手療法では18人中13人(72%)
関節内注射では18人中9人(50%)
結論;徒手療法で顕著に治療効果が高いことが認められた。
★PT=リハビリ
★徒手療法=アジャスメント— 日本スポーツ徒手医学協会 (@manualsports) 2018年4月15日
必要に応じて一般的に骨盤矯正と言われる仙腸関節へのアプローチは行います。
仙腸関節のアプローチが有効なケースはありますが、これは産後に限ったことではなく、産後の骨盤矯正が必要な理由にはなりません。また、産後の骨盤矯正を受けなかったから仙腸関節障害が数年後に現れたワケでもないです。
仙腸関節障害について詳しくはこちらをご参考ください
仙腸関節は未解明な関節
仙腸関節の研究は複数ありますが、科学的に未解明な部分が多い関節です。
臨床的にわかっていることは、仙腸関節を調整することで何らかの症状が改善することがあるということです。
それは、「関節の動きが変ったから」「神経系の変化」「筋肉のストレッチ効果」などなど色々と議論されていますが、何によって臨床的効果が現れているのかは立証されていません。
このように解っていないことが多い骨盤部に対して「産後に骨盤矯正が必要」となぜ言えるのでしょうか。
カイロプラクティック心は、10年以上の臨床経験と現在解っている解剖学、生理学的な知識をふまえ、必要な人にのみ仙腸関節の調整を行うべきと考えています。
そして、産後は骨盤に限らず心身共にダメージが大きく回復しきらないケースもあり、骨盤が原因と決めつけないことが大事です。