スポーツ選手の思い通りに体が動かない現象を「イップス」「ぬけぬけ病」「もたれ」など競技別に呼称が違います。
これらの現象は、医学的に局所性ジストニアの一種である課題特異的ジストニアと考えられ、スポーツ関連性ジストニアとしていくつかの研究報告があります。
スポーツ関連性のジストニアについて日本では、メンタル面が強調されるようですが、本当に精神的な問題だけでしょうか。
スポーツ関連性ジストニアは、メンタル面だけではなく中枢神経機能が関わる運動障害です。
そのため、メンタル面以外の問題にも目を向ける必要があり、スポーツ選手では運動の再学習が有効であることもあります。
ここでは、スポーツ関連性ジストニアについて詳しく解説していきます。
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スポーツ関連性ジストニア(SRD)
持続的または断続的な筋肉の収縮によって特徴付けられる運動障害であるジストニアは、臨床的な特徴や障害がみられるパターンなどによって分類されています。
スポーツ関連性ジストニア(Sports-Related Dystonia:SRD)は、局所性ジストニアの一種です。
局所性ジストニアについて詳しくはこちら
ジストニアは明確な原因が解っておらず専門医も少ないため、誤った診断をされることも少なくありません。
イップス
イップスはSRDとして頻繁に報告され、病名ではありません。
「イップス」という用語は主に、細かい運動制御を必要とするショット(チッピングやパッティングなど)を実行する際のゴルファーの運動障害を表すために使用されてきました。
ゴルフのトーナメントプレイヤーにアンケートのよる調査では、1,031 人(男性986人、女性45人)のうち、イップスを経験したと認識した人は541人(52%)だったのに対し、イップスを経験しなかった人は490人(48%)でした。
単純には、ゴルファーの半数がイップスを経験していると考えられます。
ただ、スキルの高いゴルファーには少なく、経験年数の長い高齢のゴルファーに多くみられ、筋骨格系の損傷の病歴が危険因子とされています。
他の危険因子として男性、喫煙歴、家族がイップスを経験しているなどです。
臨床的特徴
手の痙攣症状が一般的とされ、ピクピクしたり、震えたりすることもあります。
また、これらの症状が組み合わさることも少なくありません。
これらの症状は、野球、バスケットボール、体操など他の競技でも報告されています。
イップスの原因
イップスの明確な原因は解っていませんが、潜在的な不安がイップスの発症に関わっていると考えられています。
ゴルファーのイップスの研究では、手首の屈筋と伸筋が同時収縮を起こしていた報告があります。
筋肉の同時収縮について詳しくは解説されてませんが、可能性としては筋肉のタイトネス(伸長しない状態)大脳基底核の異常が考えられます。
参考文献
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15911823/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29889820/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21674625/
イップスの研究ではありませんが、音楽家の局所性ジストニアの研究では、運動を遂行するための感覚を処理している頭頂葉および運動の実行機能に関わる前頭葉(中頭前回)に異常がみられたことが報告されています。
イップスはメンタル面を指摘されることが多いようですが、研究の解釈も難しく、現状ではメンタル面およびジストニアの病態とされる運動障害のどちらの原因も考えられます。
また、どちらも混同している可能性も示唆されています。
ランナージストニア(ぬけぬけ病)
ランナージストニアは稀であり、研究報告は少ないです。
しかし、日本では「ぬけぬけ病」と呼ばれ、ランナーの間では比較的知られている病態のようです。
ランナーのジストニアは、片側の脚が動きにくく力が入らないといった自覚があり、観察すると股関節や膝、足関節の運動障害がみられます。
多く見られるのは、足関節(内反、底屈など)膝関節(屈曲、伸展など)です。
ランナージストニアの症例は少なく原因は不明ですが、局所性ジストニアの原因として有力視されている大脳基底核の運動ループの問題が考えられます。
※イップスの運動障害も同様の原因が考えられます。
感覚トリック
ジストニアでは、どこかを触ったり、特定の動きによって症状が治まる感覚トリックと呼ばれる緩和操作があります。
ランニングジストニアも感覚トリックの存在が報告されており、以下のような緩和操作があります。
- 後ろ向きに歩く
- 横に歩く
- 踵で歩く
- つま先で走る
- 腰に圧をかける
感覚トリックは、症状改善するヒントにはなります。
例えば、踵やつま先であることで症状が治まる場合は、接地した足裏からのフィードバックに問題が生じている可能性があります。
そのため、足底アーチの構造的問題、接地時の安定性(片足立ちの評価)などが重要となり、それらを解決していくことが大切になるかもしれません。
他のスポーツにおけるジストニア
ジストニアが報告されている競技は以下のとおりです。
- 野球
- テニス
- 卓球
- 射撃
- 体操
- ビリヤード
- アイススケート
- 弓道
弓道では「もたれ」と呼ばれることがあります。
卓球やテニスでは、肘や手首が伸びない、曲がってしまうといった報告があり、スケート選手では着氷前や空中に足が浮いているとき、痙攣したような動きをみせます。
ジストニアの報告数は少ないですが、専門医が少なく病因も不明なことが多いため、正確な診断に至らず、悩んでいるスポーツ選手は多い可能性も示唆されています。
実際、ジストニアと診断されるまでにコンパートメント症候群、筋ジストロフィーなどの誤診がみられたことも報告されています。
また、当院にジストニアで来院される方も病院では診断がつかず、ひどいケースでは「クセ」と言われることもあるようです。
メンタルVS運動障害
イップスは、なぜメンタル面の影響を受けると言われるのでしょうか?
ここではジストニアとして解説していますが、ジストニアの研究では主に中枢神経系が関わった運動障害が主な原因と考えられています。
そのため、個人的にはイップスも名称が違うだけであり、心理面以外の評価、アプローチも必要不可欠と考えています。
しかし、イップスに関する質問票の回答と運動学的な判断基準を比べるた研究では、イップスと答えた36.7%のうち運動学的な所見がみられたのは16.7%でした。
また、50名の自己申告によるパッティングのイップスを評価したところ、不随意運動がみられたのは17名と半数以下となっています。(自己申告していない中に2名不随意運動が観察されたそうです)
これらの研究から、評価した当日はイップスが現れなかった可能性もありますが、運動障害がみられないにも関わらず、イップスと感じている人が存在することが解ります。
イップスの心理状態
他人からイップスと言われ、自覚もしている野球選手は、特性不安が高いという報告があります。
※特性不安は、ストレスがかかると不安になりやすく、残念感や無能感を抱きやすいと言われています。
他の研究でも競技特性不安(競技回避傾向、自信喪失で高い得点)、社会不安で高い得点を示すなど、不安とイップスが関連するとされる研究は複数あります。
しかし、研究のなかにはイップス経験者と非経験者との不安を感じる高さに差がない研究もあり、一概に心理面だけに注目すると適切な対処ができない可能性もあるのではないでしょうか。
注意の特性
運動学習は、意識的に動作を確認する必要があります。
例えば、細やかなゴルフスイングの技術を指導された選手は、技術を習得する初期段階としてテイクバックの位置、スイング中の体の使い方などを意識的に行います。
そして、反復することで意識することなく感覚的にスイングができるようになり、最終的にどのような環境でも意識せず無意識化で最適なスイングができるようになります。
本来、スキルの高い選手、およびスポーツ経験者は無意識化でその競技における動作を行うことができます。
しかし、イップスがみられる選手においては、動作に意識を向けてしまう再投資がみられる傾向があるそうです。
また、他の注意に関する研究でも注意焦点の縮小、内部環境へのオーバーフローなどの得点が高く、注意の特性がイップスの長期化の一因とも考えられています。
注意焦点の縮小はストレスコントロールに関わり、内部環境のオーバーフローは、多くのことを考えるすぎると失敗しやすくなります。
ただ、これらの研究のスポーツのパフォーマンス低下との関連性は実証されていません。
性格特性
イップスについては、性格特性の研究もあり、以下のような性格にイップスがみられやすいとされています。
- 完全主義者
- 競技に対する積極性があり、外向的
- 他人の動機や感情に機敏で執着性が高い
- 誠実性が低い
性格特性の研究報告は少なく、性格の差異がないという報告もあります。
他にもイップスに対して反芻(繰り返し考える)しやすい、苦痛を感じやすい人がイップスの心理症状の1つともされています。
SRDを理解することが大事
SRDはイップスやぬけぬけ病など呼称が変わっていますが、基本的には運動障害が病態です。
しかし、一般的にイップスは、メンタル面の問題を指摘されることが多く、運動障害であるにも関わらずメンタル面に焦点を当てた対処では、スポーツ選手としてのキャリアを早期に終わらせてしまう可能性もあります。
もちろん、競技の継続が困難となる局面に直面することにもなるため、心理面のケアも重要に要素にはなるでしょう。
ただ、イップスを含めたSRDは中枢神経系の異常が起因する運動障害であることも理解しておくことで、競技復帰が早まる可能性もあります。
研究でもSRDに対する局所性ジストニアの治療は、合理的な戦略とされています。
一般的な局所性ジストニアの治療として、ボツリヌス毒素や経口筋弛緩薬、その他の抗ジストニア薬があり、行動療法や理学療法を必要するケースがあります。
しかし、確立された治療方法はなく、病院での治療も効果がみられない現状もあります。
それが、心理面が強調されてしまった一因かもしれません。
カイロプラクテイック心のSRDへのアプローチ方法
SRDの病態として、大脳基底核、および小脳とった運動調整および運動学習に重要な脳領域の問題が考えられています。
また、重度の筋骨格系障害を経験した人にイップスが多いという研究から、体性感覚を中心とした感覚入力の問題も示唆されています。
不安や完全主義(こだわりの強さ)から考察すると、前庭系や前頭前野の機能低下もみられる可能性があります。
このようにカイロプラクテイック心では、脳機能に注目して脳機能向上を目指したアプローチを行うと共に、抗ストレスケア、栄養サポートなども行います。
脳機能へのアプローチ
スポーツ選手は、過去のケガや早期から同一競技を行うことで、多様な動きではなく偏った動きになってしまうことがあります。
例えば、バランス能力をみても左右差があったり、運動中の変化が苦手(フェイントに体がついていかない、明らかなボールでもバッドスイングがとめられないなど)だったりします。
これらは、体性感覚や小脳、大脳基底核の運動調整が大きく関わっています。
体性感覚や小脳の役割の1つは、筋肉や関節からの情報を正確に脳に伝えると共に運動調整を行います。
しかし、ケガや関節可動域の低下によって脳への情報伝達に問題が生じやすいです。
そのため、カイロプラクティック施術によって、これらの問題を解消していくことも大切です。
大脳基底核の運動学習は、小脳や体性感覚を介した運動学習とは異なり、過去の運動経験の中から最適な動作に修正されていきます。
このようなことから、大脳基底核の機能を向上させるためには、エクササイズを取り入れていくことが重要です。
そして、感覚エクササイズによって、脳の可塑性を利用し脳機能を向上させながら、基本的な運動学習および競技特性を考えた運動学習を行っていきます。
感覚エクササイズはこちらをご参考ください。
抗ストレス対策
過剰なストレスは前頭葉の機能低下を招き、脳機能向上の妨げににある可能性があります。
しかし、ストレスを無くすことは不可能であり、さらには適度なストレス(体の覚醒)によって、パフォーマンスの向上がみられます。
カイロプラクテイック心では、ストレスに対抗するために呼吸機能、迷走神経、頭蓋骨療法などを行い、ストレスの問題に対処していきます。
また、呼吸や迷走神経を向上させる手法は、日常生活にも取り入れることが可能なため、必要に応じてアドバイスいたします。
呼吸についてはこちらもご参考ください。
栄養サポート
脳領域のやり取りには神経伝達物質が必要であり、活動させるためにも栄養は必要不可欠です。
神経伝達物質は、タンパク質、ビタミンB群などが材料となります。
また、腸と脳は相互作用があり、腸内環境の悪化はジストニアと同じ中枢神経系の運動障害であるパーキンソン病でも原因の1つと考えられています。
腸と脳の関係性はこちらの記事をご参考ください。
栄養サポートは、一人ひとりにあったアドバイスを行いますが、基本的には3食栄養バランスのとれた食事が摂れることを目指します。
SDR【イップス、ぬけぬけ病】でお悩みの方へ
SDRは、メンタルの問題だけではありません。
SDRは運動障害でもあるため、メンタル以外の問題にも取り組む必要があります。
そのため、ジストニアと診断されずイップス、ぬけぬけ病と診断された方でも、脳機能から原因を紐解いていくことも大事です。
もちろん、1回、2回といった数回で回復することはありません。(仮に回復した場合は、SRDではない可能性もあります)
しかし、適切な評価に基づき、少しづづでも回復傾向がみられれば、1ヶ月、2ヶ月と実感できるほどの回復が見込まれます。
スポーツの競技復帰を諦めたくない人は、ぜひご相談ください。
SRD参考文献
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8698216/
投稿者プロフィール
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伊勢市小俣町でカイロプラクターをしています。
病院では異常が見当たらず、どこに行っても良くならなかった方が体調を回復できるようサポートします。
機能神経学をベースに中枢神経の可塑性を利用したアプローチで発達障害、自律神経症状、不定愁訴にも対応しています。
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